読書をしていて痺れるときは、今まで自分が体験した本、映画、音楽などに通じるときだ。
今回紹介する「自分の仕事をつくる」は、WIRED日本版の創刊者 小林弘人やIDÉE 黒崎輝男、象設計集団の町山一郎、パタゴニア ルー・セトニカらの仕事を著者の西村 佳哲がインタビューした一冊。
その自己啓発本的なタイトルとは裏腹に、インタビューから出発する著者の考察が多分野に及んでいて、読んでいる側の知識に絡み、その人なりの考察を半ば強制的に促して読む手を止めさせる。
すごいお金やエネルギーをかけるのだから
ファッション/家具ブランド「ヨーガンレール」の創始者であるヨーガン・レールもインタビューされている。その中で明らかにされているモノづくりの動機が、先日このブログで紹介した「ゼロからトースターを作ってみた」と重なるので紹介する。
あまりゴミをつくりたくないだけ。それ以外には何の理由もありません。いいモノだから寿命を伸ばしたいというわけでもない。
木を切ったり鉄を掘り出して、すごいお金やエネルギーをかけるのだから、ずっと使ってもらえるものじゃなかったらつくる意味がない。
ほんの数年間のために何かをつくり出すなんて、止めたほうがいい。
考えるのももったいないし、私はあまりそういうことに時間をかけたくない。
間違いなくいいモノを作っているだろうに、だからといって長く作ってほしいとか、何か押し付けがましいものは感じない。
「いいモノだから寿命を伸ばしたいというわけでもない」と、ともすれば自らのプロダクトに矛盾するようなことを言うところに、ヨーガン・レール一流の考え方を感じる。
それは恐らく、いいモノもわるいモノも、僕たちの目に触れるまでに信じられないほどの仕事を経ていることを知っていて、そんな価値あるものだからただ長く使ってほしいと、それだけのことなのだろう。
ヨーガンレール [Jurgen Lehl Co., Ltd.]
「ゼロからトースターを作ってみた」で語られる危うさ
さて、そんな当たり前のことを僕たちはつい見失ってしまう。同じことに気付かせてくれたのが、「ゼロからトースターを作ってみた」である。
イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを勉強する学生トーマス・トウェイツが、卒業制作としてゼロからトースターを作った過程をまとめている。
安物のトースターをゼロから再現するために鉄の採掘からはじめるところなど、「わざわざそこまでする!?」と言いたくなるところばかりで、笑ってしまうこともあった。
それだけに、僕たちの周りに当たり前のようにあるモノにかけられた尋常でない労力を疑似体験でき、はした金で買えるモノを作るために費やされた、価格から想像もできない汗まみれの働きを知ることができる。
そうしたモノを僕たちはどれだけ簡単に買い、調子が悪くなれば捨て、そしてまた買ってきたのだろう。
この本は、著者がブログで発信していたものをまとめたものである。
WIREDで取り上げられたほかTEDで発表するなど、注目されていたことが伺える。
ヨーガン・レールのインタビューとこの本からは、簡単に手に入るものの危うさを認識させられる。簡単に手に入ったものほどすぐに輝きが失われ、簡単に捨ててやしないだろうか?
お金を払って商品/サービスを受け取るという、誰でも理解できる簡単なプロトコルがそれを助長することもあって、お金さえ出せばすぐに僕たちのものになるということが、そのモノが作られる過程や気持ちを見えにくくしている。
とはいえ、お金に換算できる価値だけが色あせやすい価値というわけではない。あくまでも、簡単に手に入るものがそうした危うさをはらんでいるという意味だ。
頑張って働いて貯めたお金で買ったモノを大事に扱わない人はいないように、お金によるプロトコルだって、その入力たるお金が大きいか、あるいは気持ちが乗っていれば、その出力=モノに相応の価値を感じるはず。
恋人の価値は?
それなら、お金では買えないものはどうなんだろう?
商売としての友達や恋人はともかく、本当にそう呼べる人たちを得るのにお金は役に立たないし、そのプロトコルもお金の場合ほど明らかにされていない。
最近まで各所で話題になっていた、藤沢数希の恋愛工学、およびこれをまとめた「ぼくは愛を証明しようと思う。」は、恋人を作るプロトコルを一つ一つ明らかにする仕事だった。
ナンパ師と呼ばれる人たちは、それらプロトコルを駆使して何人もの女性をモノにするが、ある程度の経験を積むと虚しさに悩まされる人が多い。
これが、お金で簡単に買ったモノの場合と同じだとすれば、悲しくもあり滑稽でもある。
お金にしろ何にしろ、簡単に手に入るということは危険なのだろう。
どうやって手に入れるかわからない、ドラクエ1の真っ暗な洞窟を松明片手に進んで手に入れたモノや、これまたドラクエのレベル上げのように地味な作業を続けて手にいれたモノに僕たちが感じる価値は色あせない。
ミヒャエル・エンデ 「モモ」をはじめて読んだ時、時間やお金を払って成り立つ社会の怖さみたいなものしか見えなかったけれど、今回この「自分の仕事をつくる」を読んで、時間やお金を払うこと自体の良し悪しではなく、その払い方によって得られるモノの虚しさを書いていたのだと腑に落ちた。
ずいぶん遠いところまで来てしまったけれど、蜘蛛の巣のように他の作品を絡めて頭の中をグルグル振り回してくれるから、読書はやめられない。