京都は小説の舞台になることが多い。ある時はスポット自体が物語として、またある時は単なる通過点として。様々な形で小説に登場する京都の8スポットを紹介する。
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百万遍 古都恋情 / 花村 萬月
あてもなく京都にたどり着いた惟朔。流れ者の巣窟・京大西寮を仮の宿りとしての、気ままな生活が始まった。個性的な青年たちと友情を結びながら、少年は、さまざまな女と運命を絡ませてゆく―。夜這いで遭遇した小百合、瞬間で心を奪った鏡子、熟した芳香をはなつ毬江。惟朔と女たちは互いに求め合い、交わり続ける。性という狂熱に果てはあるのか。永遠のテーマに挑む傑作長編。
from Google Books
1998年に『ゲルマニウムの夜』で芥川賞を受賞した花村萬月は、3日で高校を退学になり、17歳で京都に流れ着いたという経歴の持ち主。
この『百万遍 古都恋情』は、そんな花村萬月の自伝的小説ということになる。そこには多少の脚色があるだろうけれど、「そんな馬鹿な!?」とひっくり返りそうになるエピソードの数々が、ジュエリーのようにじゃらじゃらと小説の中で輝いている。
主人公の惟朔は作者と同じ17歳で京都に流れつく。フーテン生活を送る惟朔の目を通して、1970年代の京都のあちらこちらが描かれる。
『レブン書房』、『京大西部講堂』、『ブルーノート』、『六曜社』と、今も京都にあるスポットはもちろん、今はなき京都もたくさん紹介されている。そう、これは自伝的小説であると同時に1970年代京都の観光案内書でもある。
六曜社
本書には様々な喫茶店が登場する。『イノダコーヒ』や『みゅーず』など、多くの名店が紹介されるけれど、今回はその中から『六曜社』を紹介したい。
昭和23年創業の喫茶店がこちら。お店の前にある河原町通の喧騒とは対照的に、ソファに深く座って落ち着けるお店。23時と遅くまで営業しているから、一日の終わりの一杯にも使える。
六曜社と言えばなミルクコーヒーを飲むのと、オリジナルデザインのマッチを貰うのを忘れずに。
夜は短し歩けよ乙女 / 森見 登美彦
後輩である少女に恋をしている「私」は、彼女という城の外堀を埋めるべく日々彼女を追い掛け、なるべくその目に留まろうとしている。しかしその彼女はなかなか「私」の想いに気づいてくれない。2人は奇妙な人物に出会い、奇抜な事件に巻き込まれてしまう。恋愛ファンタジー。
from Wikipedia
森見登美彦は京都を舞台にした小説を書くことが多い。京都人なら、「あ〜知ってる!」となる場所を朝、昼、夜問わずに描く。その中でも、とびっきり魅力的な『夜の京都』を読みたいならこの本をおすすめしたい。
この本は、『黒髪の乙女』と、その子に恋をする大学生の男の子とが可愛いすれちがいを繰り広げる、喜劇分多めの恋愛小説となっている。小説の冒頭、黒髪の乙女は木屋町や先斗町といった京都の飲み屋街をいい気分でさまよう。その中でたどり着く『月面歩行』というバーの元ネタを紹介しよう。
bar moon walk
一杯200円という驚きの価格で飲めるショットバー。1000円で気持ち良くなるまで酔えて、2000円も出せば泥のように酔える。
夜は短し歩けよ乙女を読んで来るお客さんが多く、他にも老若男女、お一人様もグループも様々な人がやってくる。
鴨川ホルモー / 万城目 学
このごろ都にはやるもの、勧誘、貧乏、一目ぼれ。葵祭の帰り道、ふと渡されたビラ一枚。腹を空かせた新入生、文句に誘われノコノコと、出向いた先で見たものは、世にも華麗な女(鼻)でした。このごろ都にはやるもの、協定、合戦、片思い。祗園祭の宵山に、待ち構えるは、いざ「ホルモー」。「ホルモン」ではない、是れ「ホルモー」。戦いのときは訪れて、大路小路にときの声。恋に、戦に、チョンマゲに、若者たちは闊歩して、魑魅魍魎は跋扈する。京都の街に巻き起こる、疾風怒濤の狂乱絵巻。都大路に鳴り響く、伝説誕生のファンファーレ。前代未聞の娯楽大作、碁盤の目をした夢芝居。「鴨川ホルモー」ここにあり!!
from Google Books
『夜は短し歩けよ乙女』と同じく、主人公は京大生。森見登美彦の文体の個性的なのと言ったらないけれど、万城目学のそれも半端のない尖り方をしている。
内容の尖り方もかなりのもので、大昔から存在した『ホルモー』なる謎の競技を巡る青春と恋愛の小説だ。
鴨川デルタ
タイトルに鴨川とあるとおり、京都を北から南へ貫く鴨川が作中に出てくる。鴨川は、高野川と賀茂川が合流した川であり、その合流地点は三角州になっている。休日のお昼過ぎともなれば、多くの京都人がやって来て、思い思いの時間を過ごしている。
そんな市民の憩いの場は鴨川デルタから四条大橋までの河沿いに続く。旅行で訪れた際は、『たまこまーけっと』の舞台である出町枡形商店街の入り口にある『出町ふたば』で豆餅を買うのもお忘れなく。鴨川デルタから徒歩三分の場所にある。
京都で大人気のおやつを食べながら、鴨川をてくてくと歩けば、素の京都が楽しめる。
京・ガールズデイズ1 ~太秦萌の九十九戯曲~ / 幹
元気な女子高生トリオが京都の町で大冒険!
太秦萌、松賀咲、小野ミサの三人が参加した『願いが叶うパワースポット巡り』は、妖しい巫女による神聖な勧誘だった!
京都市内で起こる様々な怪事件を、JKパワーで解決できるのか!?
from 講談社ラノベ文庫
京都市営地下鉄の公式キャラクターを知っているだろうか?「地下鉄に乗るっ」というコピーと美少女キャラの載ったポスターが京都の地下鉄駅に貼られている。このポスターの美少女キャラは、イマドキなアニメ絵なので、初めは何かのアニメのキャラだと思った。ところがそれは大間違いのだ。
京・ガールズデイズの表紙に載っているのが、画像右の『太秦咲』 そして真ん中が『松賀咲』 左が『小野ミサ』だ。
初めは太秦萌のポスターが貼られ、「地下鉄の公式アニメキャラ!?」と驚いた数カ月後に松賀咲のポスター、小野ミサと続き、『地下鉄に乗るっ』ポスターが更新されるのが密かな楽しみになっている。
キャラクターの紹介に熱が入りすぎてしまった。本書には彼女達の他に小説オリジナルキャラクターが登場し、京都のパワースポットを巡る物語が展開される。今までビジュアルでしかなかった彼女達の、その内面が描かれるという、一ファンとしては嬉しいことこの上ない小説化だけに、長く続いて欲しいと影ながら応援している。
京都国際マンガミュージアム
主人公たちが謎の巫女『烏丸ミユ』と出会うのがここ『マンガミュージアム』だ。
名前のとおり、古今東西今昔の漫画が収蔵されている上、入館料を払えば一日中立ち読み(芝生エリアでは寝読みも)できる。
漫画好きの天国とも言えるこの施設には、機動戦士ガンダムの富野由悠季監督や、AKIRAの大友克洋、そして大友克洋が大きな影響を受けたと公言しているジャン・ジロー=メビウスなど、漫画・アニメ界の超大物が対談などで来ている。
金閣寺 / 三島 由紀夫
一九五〇年七月一日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み――ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中するにいたった悲劇……。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。
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1950年に起きた金閣への放火事件を下敷きにした三島小説の傑作。主人公・溝口は金閣の美しさを説かれて育ち、やがて、美と金閣とを強く結びつけるようになった。そのせいか、女性との行為中に、美しさをハブに女体から金閣を想像してしまって不能になるところなんかすごく笑える。いくら美しいからって建築物では達せないからね。
このように、金閣という病にかかった溝口が、その病を克服するために放火を企てる。溝口のモデルになった人物・林養賢は、放火した後に小刀で切腹するけれど、溝口はそうしなかった。ここに、金閣のない生を選んだ溝口の、実存者じみた匂いを感じ取れる。
そう、実存主義的な観点から読むと、この小説は溝口青年のいささか屈折した成長物語と解釈できる。作中で踏んだり蹴ったりな目にあう溝口青年が、能動的に『何者であるか』を選択し、そのために金閣を燃やす。案外、その後の溝口青年は朗々とした青年になるんじゃないだろうか。獄中だけれども。
金閣寺
北大路通の長い坂を上った先、京都の北西に金閣寺はある。正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)と言い、黄金の舎利殿を金閣と言う。
秋の紅葉の季節は赤と金が競うように映え、冬は打ってかわって雪の白さに金が静かに横たわる。季節毎に違った美しさを見せる金閣寺には、年中観光客が訪れる。
檸檬 / 梶井 基次郎
三高時代の梶井が京都に下宿していた時の鬱屈した心理を背景に、一個のレモンと出会ったときの感動や、それを洋書店の書棚の前に置き、鮮やかなレモンイエローの爆弾を仕掛けたつもりで逃走するという空想が描かれている。
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三島由紀夫は金閣寺の連載を31歳で始めた。一方、梶井基次郎は31歳でこの世を去った。肺結核だった。梶井の弟も兄も大きな病にかかっていて、弟は命を落としている。梶井自身も、学生時代から肺結核に苦しんだ。
「明日、世界が終わるとしたら何をするか?」と聞かれたとき、「もうどうにでもなれという気持ちで、ありとあらゆる放蕩を尽くす」と梶井は答えるかもしれない。病気を通して世界の終わりに感づいていた梶井は享楽の限りを尽くした。その姿は、『深夜特急』のマカオ編で、腹を括ってギャンブルに身を投じた沢木耕太郎にも通じている。
煙草を続けるとヤニクラが消えるのと同じく、刺激を求める生活を続けると刺激に対して麻痺するようになる。『檸檬』で丸善を訪れた『私』は、以前はどぎまぎして眺めていた香水瓶や煙草、小刀、そして画集に全く麻痺している自分に気がついた。そんな状態で面白いと思えることと言えば、檸檬によって丸善が大爆発をすることぐらいだった。
もちろん、大抵の人は良いところで遊びを切り上げる。世界の終わりがずっと遠くにあるか、大切な人がいるからだ。そういう生活とは対照にある梶井の作品は、文学というよりかは記録として読んだ方が面白いのではないか。ブレーキを踏まなかったチキンレースのその先を見せてくれるようで。
丸善
檸檬爆弾が仕掛けられたのがこちら、『丸善 京都本店』
1907年に開店し、京都市内で一度移転し、100周年を目前にした2005年に一度店を閉めた。閉店の際に多くの文学ファンが檸檬を置いていったことからわかるように、『檸檬の丸善』として知られていた。
そんな丸善京都本店が復活したのは2015年8月のこと。檸檬を置きたいという声が多く挙がったのを受け、檸檬置き場を設けたり、檸檬にちなんだ黄色い文房具セットを販売するなどした。
梶井基次郎の短編小説『檸檬』で知られる丸善京都。店内にレモンを置くカゴも設置しています♪#丸善京都 #丸善檸檬 pic.twitter.com/uXfNLhnbjO
— honto (@honto_jp) August 18, 2015
こちらは、小説『檸檬』にちなんだ黄色い文具のセット。税別で500円です。
こちらも数量限定ですぐになくなる可能性がありますので、お早目にお求めくださいね。#丸善京都 #丸善檸檬 pic.twitter.com/ZeV0dO4Om2— 丸善ジュンク堂書店劇場 (@junkudo_net) August 19, 2015
このように、以前よりも檸檬推しになった丸善京都本店は京都BALという商業ビルに入っている。同ビルには、Ron Hermanなど他にも見るべきお店が多いから、京都観光の際は是非立ち寄りたい。
四畳半神話大系 / 森見 登美彦
私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい! さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。
from Google Books
誰もが一度は考えること、「人生をやりなおしたい」この小説の主人公である『私』も、冴えない大学生活に嫌気がさし、大学一回生からやりなおしたいと思うようになった。そこで実際にやりなおせる所が小説、ひいては物語のいいところ。何度も大学一回生に戻り、その度に違うサークルを選び、違う生活を送る。
金閣寺の主人公『私』が人生をやりなおしていたらどうなっていたか?金閣寺の『私』には柏木という悪友がいて、四畳半神話体系の『私』にも小津という悪友がいた。どちらの『私』も社交性が低く、捻くれたところがある。なるほど、このように見ると金閣寺と四畳半神話大系の二人の『私』には共通点が多い。そうすると、金閣寺の主人公が人生をやりなおした場合、彼がどうなっていたかという思考実験として四畳半神話大系を楽しむことができる。実験結果は読んでからのお楽しみ。
老婆
四畳半神話大系に占い師の老婆が登場する。画像は、アニメ版の四畳半神話大系のもの。ご覧いただくと分かるとおり、蛇口の取れた水道のように妖気を放っている。主人公はこの老婆に占ってもらい、『コロッセオ』なる言葉を貰う。はて、コロッセオとは何か?四畳半神話大系は四話からなる小説だけれど、コロッセオが各話で形を変えて活躍する。
このような占いの老婆は小説のオリジナルキャラクターだと思うかもしれない。しかしこの老婆は実在する。京都の飲み屋街・木屋町通りの道端に腰をおろし、道行く人に占いをしているのだ。本当に「コロッセオ」と言ってくれるかどうかは、占って貰った人だけが知っている……。